阪神淡路大震災の被害者だからできること


神戸の私からウクライナ避難民の皆さまへ

あの朝と、この朝 ——ウクライナ侵攻から3年余り、神戸から寄り添えること

2022年2月24日の朝、世界はニュース速報に釘付けになった。ロシア軍がウクライナ全土への侵攻を開始したと伝えるその映像の中で、見慣れた街並みが炎に包まれていた。ミサイルが、マンションが、橋が、病院が、崩れていった。

あの感覚を、神戸市民は知っている。1995年1月17日の夜明け前に体で覚えた、地面が割れる感触。家が消えること。街が消えること。昨日まで普通だった日常が、一瞬でなくなることを。


【戦争の流れ】

2014年〜 ロシアがクリミア半島を併合。東部ドンバスで紛争が始まる。ミンスク合意も根本的解決には至らず。

2022年2月24日 プーチン大統領が「特別軍事作戦」を宣言、全面侵攻を開始。数百万人が避難を余儀なくされる。

2022年3月〜 キーウ周辺からロシア軍が撤退、東部・南部へ戦線移動。日本はウクライナ避難民の受け入れを表明。

2022〜2023年 ウクライナ軍がハルキウ州などで反転攻勢。クリミア橋爆破事件。ロシアはインフラへのミサイル攻撃を強化。

2024年〜 戦局が膠着し塹壕戦へ。ウクライナ軍がロシア・クルスク州に越境攻撃。北朝鮮軍のロシアへの派兵が明らかに。

2025年〜 トランプ米政権が停戦仲介に動くが、双方の立場は遠く交渉は難航。戦闘は今も続く。


【日本と兵庫の今】

日本国内の避難民(在留者):約2,889人(2026年3月末・出入国在留管理庁) 兵庫県内の避難民:約100名規模(うち神戸市に多数が在住)

女性が多く、子どもを連れてスーツケース一つで来日した人も少なくない。18歳から60歳の男性は出国を禁じられているため、夫や父を故郷に残したまま、海を越えてきた家族だ。

兵庫県は2022年5月から「ひょうごウクライナ支援プロジェクト」として、住まい・生活費・医療・日本語教育を総合的に支援してきた。神戸市内に多くの方が暮らし、コープこうべや医療機関、市民ボランティアが地域の輪を広げている。


「家が消えること」「街の音が変わること」「帰れない場所ができること」——神戸はその痛みを、言葉でなく記憶として持っている。

阪神・淡路大震災から30年。あの時、世界中から寄せられた支援が神戸の復興を支えた。「もらった温かさを返す番だ」という気持ちは、神戸に住む私たちにとって自然に湧いてくる。

隣に住む誰かが、ウクライナから来た人かもしれない。子どもが同じ学校に通っているかもしれない。特別な支援でなくてもいい。「こんにちは」の一言、困っていそうな時に声をかける勇気、それが寄り添うことの始まりだ。

戦争が終わる日まで、そして終わった後も、ウクライナの人々が安心して暮らせる場所であり続けること——それが震災を経た神戸にできる、静かで力強い連帯だと思う。


出典・参考:出入国在留管理庁「ウクライナ避難民に関する情報」(2026年3月末時点)/兵庫県「ひょうごウクライナ避難民生活支援」資料/防衛省「令和7年版防衛白書」